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1996年、アラブ圏の子どもたちの質問に答えるインタビュー。
1996年 インタビュー マイケル・ジャクソン1996年、子どもたちからの質問に答えるインタビューです。ヒストリー・ツアーのチュニジア公演は、マイケルにとって「アフリカ及びアラブ圏における初の公演」だったので、このインタビューもそのあたりの関連のものと思われます。

元の映像はアラビア語(?)字幕付きで、ネット上の動画にはさらに中国語字幕。マイケルは英語を喋り、我々は日本語に翻訳・・・と、言語的に大変なことになっていますが、マイケルがいかに、言葉や人種や宗教やあらゆる違いを越えていこうと試み、それが受け入れられて「世界」で人気を得たか、という一端ではないでしょうか。

──音楽的影響について

Michael: 僕は、すごくたくさん世界中から文化的音楽の影響を受けてきた。僕は個人的に、あらゆる種類の音楽を勉強してきたんだ、アフリカからインド、中国、日本までね。音楽は音楽、そのどれもが美しい。僕はそういったさまざまな文化すべてから影響されているんだ。

──差別について

Michael: 差別はいけない。それは残虐だし、醜く、僕はそれを憎んでいる。(子どもたちを指さして)君たちは僕の兄弟だよ。彼らは僕の兄弟だ。君が黒人でも、白人でも、アラブ系でも・・・僕たちはみんな同じだ。僕はすべての人種を等しく愛しているよ。



(大勢の子どもたちの前に立ち、質問に答えるマイケル。)

女の子: ──ってホントですか?

Michael: 僕が何って?

女の子: あなたはアラブ人が好きではない、って。

Michael: ノー、それはまったく本当じゃないよ。僕はアラブの人たちが大好きだし、世界の人々すべてが大好き。今のは、人々が本当じゃないストーリーを作り上げるということの良い例だね。

男の子: エジプトでコンサートをしますか?

Michael: エジプトでコンサートしたいな。次のツアーでみんなの町全部に行けたらいいね。僕はそこ(エジプト)には空港にしか行ってないんだけど、みんな素晴らしい人々のように見えたよ。君たちみんな素晴らしい人たちだ。僕はここに来られて幸せだよ。



Michael: 僕はとても家族志向の人間なんだ。僕は10人兄弟の家庭出身だから、家族に囲まれて、一体として同調することにもとても慣れている。だから、僕はその絆なしで生きていけるとは思わない。だから、僕はぜひ持ちたい、大きな・・・大家族をね。僕は言ってるんだけど、トータルで12人・・・(笑)・・・僕のおばは13人子どもがいて、僕には12人子どもがいるおじもいるし、僕の父には10人の子どもがいる、だから・・・僕は大好き、大きな・・・そこらじゅうにね・・・

──観客について

Michael: 僕は・・・観客を感じることが出来るよ。それは愛なんだ、僕らが今話していることは。はっきりと感じることが出来る、その・・・聞こえるよ、彼らは揺れて、叫んで、気絶して、その反応はいつもラヴリーなんだ。

──音楽制作、他の人とのコラボレーション作業について

Michael: ひとつの考え、これはまだ、あるアイデアの考え中の思い。簡単なコンセプト。それから、誰かとコラボレートする。ライターだったりね。僕はこう言う、これがやりたい、あれがやりたい、これがしたい。彼にそれを発展させるように言う、なぜなら・・・僕はその時すぐにそれをやることは出来ない、次の曲や次の仕事に取り掛からなければいけないから。そして、彼らが何か、仕事しながらアイデアを思いついて、それを僕の所に持って来る・・・それが気に入るかどうか(見に)行く。つまり、僕は今までやってきたすべてをほとんどそうやって行ってきたんだ。僕はたいていライティングのためのコンセプトのためにそこにいる。僕の作品はすべてたいてい共同制作なんだ。

──(質問は不明ですが、マイケルは96年7月にマンデラ元大統領の招きで訪れた南アフリカの旅について感動を語っているようです。)

Michael: 「エデンの庭」はおそらくアフリカだったね、僕は確かにそう思うよ。あれ以上良い人たちはいないよ。大好き。だーい好きだ。音楽、あぁ!それにリズム!とっても小さな子どもたちが完璧なリズムを持ってるのを見ていて・・・彼らの小さな身体の動かし方。僕はもう、ただ・・・驚いたよ。グレイトだった!彼らは僕にすべてくれたんだ。贈り物のシャワーだったよ。服、食べ物。そしてホテルでは・・・僕はこのホテルにいたんだよね?大きな大きなホテル。ボーリング場があって、大きなゲーム室があって、大きなプールがあった。でも、僕が窓の外を見ると、見渡す限り、人人人だった。彼らはそこで野宿さえしたんだ、僕のことを待ってね。彼らは外で寝ていたんだよ!一日中、彼らはそこに立っていた。夜、僕を待って彼らは外に立っていたんだ。僕はもう・・・それ以上スウィートな人たちはないよ。大好きだよ。僕はアフリカに家を買おうと考えているんだ。

──「ヒール・ザ・ワールド」について。

Michael: 「ヒール・ザ・ワールド」で、僕たちは大勢を助けてきて、ちょうど今、僕たちはニュージャージーに病院を考えているんだ。それは最初のマイケル・ジャクソン病院になるだろうし、それを世界中に作っていけたらと考えてる。それが僕らのゴールであり使命なんだ。そして、僕は「orphanage(孤児院)」という言葉は嫌いなんだけど・・・でも、まさに、困っている人々の助け合いのために住まいを与えること・・・僕の心はまさにそこにあるんだ、僕はそれを続けていきたいと思う。
【END】
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コメント
No title

youtubeでマイケルの音楽をあれこれ見てきましたが こういうインタビュ-は存在さえも
私はあまり知らなかったので、

ミラさんにはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。

子供たちのインタビュ-に答える
マイケルの表情・話し方
優しくて・・とてもいいですね!
| suzuran☆ | #79D/WHSg[ 編集] | 【2009/11/10 11:49】 TOP▲

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