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1999年、MTVインタビュー、Part.1。SF『Billie Jean』を語る。
1999年MTVインタビュー、マイケル・ジャクソン1999年、MTVが「史上最高のミュージック・ビデオ」に『Thriller』を選出。その時のインタビューのアーカイブ映像です(MTVが2009年に動画を公開)。

   

(アーカイブ映像の一部はすでに配信終了し再生できないものがありますが、ページの放送版VTRにもインタビュー内容が重複しているので、照らし合わせてお楽しみ下さい。)


Michael
アイデアは──それを一歩前進させること、革新すること、そうじゃなきゃ僕はなんでやってるのかな? 僕はただ・・・僕は、誰でもただ組み立てラインでできるようなものはイヤなんだ。ほら、僕は創造したい、何か完全に違ったもの、普通でないものをやりたい。
まるで──作曲家は曲は書かない、曲そのものが自らを書く、そしてひざの上に産み落とされるというか。僕は「Gee...音楽だ」って感じでやってる。そうあるべきなんだ。(ビデオも同じこと?)あぁ・・・まぁそうだね・・・僕はそう思う。それは──同じクリエイトの元、意図だと思う。作品そのものが自らをクリエイトするんだ。



──ショート・フィルム『Billie Jean』について。


Michael
『ビリー・ジーン』だったと思う。あれは『ビート・イット』の前だったから。ミッキー・シュルホフがMTVに、という間で──あの話、僕は全部は知らないよ(笑)!

(MTVで初めて大々的に放送された黒人アーティストとして)すごくハッピーだったよ。とてもね。嬉しかった。

超現実的というか、違うんだ。あのコンセプトは僕が思いついたんじゃない。あれは──彼イギリス人だと思うけど──そう、スティーヴ・バロン、彼は素晴らしいアイデアを持ってると思ったから僕はそれで行かせた。この作品で唯一僕が書いたパートは──僕は「ワン・セクションだけ欲しい」と言った。「踊れるようにここにワン・セクションちょうだい」と言ったんだ。作品全体のなかにダンスは無しと彼は言ったからね。だから、この長いストリートと二人の女の子のビルボード、ビリー・ジーンたちの一人と僕が踊ってるあのセクション全体──僕が考えたのはそのパートだけだよ。



1/6編集室注・・・
「80年代前半まで黒人のビデオをほとんど流さなかったMTVが、マイケルの『ビリー・ジーン』も放送を拒否したところ、エピックの役員が怒って『これを流さないならうちはMTVとの付き合いを切る』と脅しをかけ、びびったMTVが『ビリー・ジーン』を受け入れた」──という、伝説のような話があります。実はこれは「マイケルは人種の壁をぶち破った」という武勇伝をわかり易くするために、実際よりはいくらか大げさに尾ひれ背びれが付け加えられているともいわれます。「誰がこう言った」「いや言わなかった」というあたりは、エピック側もMTV側も現在はとぼけてモゴモゴ言うところ。マイケルが「僕は知らない、いひひ」と言って笑っている「あの話」というのはそのあたりを連想させます。(今となっては笑い話です!)
上記の逸話の真偽はともかく、『ビリー・ジーン』がMTVにおいて人種の壁を決壊させたことは事実。当時、『ビリー・ジーン』を流したTVやラジオの各局は明らかに視聴率成績がアップしたといわれています。

   
| インタビュー | コメント(1) | TOP▲ | 【1999/12/08 23:30】 web拍手 by FC2
2001年、クインシー・ジョーンズ出演番組に電話ゲストのMJ。 | ホーム | 1999年、MTVインタビュー、Part.2。SF『Beat It』を語る。
コメント
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たくさん記事のUPがあってうれしいです。
もうすぐ、6月ですね…。
| 410keru | #-[ 編集] | 【2014/05/23 20:49】 TOP▲

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